四死球に対して思う事
ピッチャーが四死球を出してしまう。それは悪い事である。
これが世間一般的な考え方である。
では、なぜ四死球は悪いという常識があるのだろうか?
四死球が悪いという点について考えてみる。
・ランナーが出てしまう。結果的に相手に点を取られる可能性が増える。
・球数が増えてしまう。そして無駄な体力を消費してしまう。
・いわゆるリズムが悪くなる。そうなると味方の守備のエラーの誘発につながる。
・対戦相手が盛り上がってくる。
・次の回の攻撃のリズムが悪くなる。
・試合時間が長くなる。ゆえにだれる。そして集中力がなくなる。
確かに、このように列挙してみれば、四死球は悪い事かもしれない。
僕はピッチャーをやっている。
四死球を出してしまう時がある。そうすると、周囲からこんな声がよく聞こえてくる。
まず、相手ベンチ
・ピッチャーびびってる(挑発とプレッシャー)
・スリーボール!(四球まであと一球である。とプレッシャーをかけてくる)
・一球待て(どうせボールがくるから、一球待ちなさい。というピッチャーの自尊心を壊そうとする言葉)
そして、味方から
・ここは踏ん張れよ
・打たしていこう
・ど真ん中でいいよ
・ストライク先行でいこう
等々、様々な声をかけられる。一見、味方からの言葉は、ポジティブに聞こえる。そして、優しく応援してくれているように思える。
しかし、見方を変えると、上記の言葉はすべて、僕にはこう聞こえてくる。
「無駄な事はいいから、はやくストライク入れろよ」
ある日からこう聞こえるようになってしまった。なぜ、この人達は味方なのに、僕にプレッシャーを与えているんだろう。まるで敵。
何気なく試合で使ってしまう、何でもない言葉である。声をかけている本人すら、何も考えず、無意識に言っているのだろう。
しらずしらずの間に、何の悪気もなく、味方の深層心理にプレッシャーをかけてしまっている。そして、ピッチャーはフォアボールをまた出してしまう。
僕が四死球に対して思う事は、一般的な常識とは正反対である。
・四死球は良し。相手には負けてない。ドロー。
ある日からこう考えるようになった。
僕にとって、負けとは何なのか?それは点を取られる事。そして、打者に打たれる事である。だから、「打たれたくないために、絶対に甘い球は投げない。四死球になっても良し。打たれるよりは全然まし。」こう考えるようになった。ピッチャーはプライド高き生き物である。バッターには絶対に打たれてはいけない。そう強く心に刻んだ。
すると、今まで自分の中にあった、四死球という恐怖から解放された。ものすごく気持ちが楽になった。今まで、マイナスでしかなかった四死球が、打者に打たれないためには仕方のない代償だという、ポジティブなものに変わった。
結局、四死球を出してしまうことは、精神的な問題が非常に大きいと僕は考えている。
僕の場合、四死球は良しとしてから、なんと四死球は格段に減ったのだ。
「思考は現実化する」だから、四死球が怖い、やってしまいそう。という恐怖は四死球を現実的なものにしてしまうのだ。
要は、考え方一つで、物事はうまく行き始める。自分を苦しめているものは、何なのか客観的に分析してみる。そして常識を疑ってみる。そして、新たな思考を持ってチャレンジする。
これは一つのメンタルトレーニングでもある。
最強の選手になりたければ、最強のメンタルを手に入れなければならない。
こういった過程を経て、自分自身の「心」の部分を成長させていき、より強固なメンタルを築き上げていただきたい。